なんどかブログに、母のことを書いてきた。
母と二人暮らしの私は、このまま母の介護で人生終わるのかと暗澹たる気持ちになる、という話だ。
それで実は、カウンセリングを受けてみた。
1時間8000円とお安くはないけれど、友人に話しても、「大変だね〜」と慰めてくれるか「あんたは甘い」と叱られるかどっちかで、気は晴れたり励まされたりはするものの、出口は見つからない・・・ならば専門家に相談してみようと思ったからだ。
カウンセラーの人は私と同じか少し年上くらいの女性だった。
彼女が質問をして、私は答えた。
「母の介護で人生終わりだと思うと辛い」「母はなんでも批判的な人で疲れる」「自分の場所として確保したセカンドハウスも認めてくれない」などなど。
つらつらと、辛いと感じていることを話した。
特にアドバイスはされなかった。
最後に「あなたはどうしたいですか? どうなりたいですか?」と聞かれた。
聞かれて「はて? 私はどうしたいんだろう?」と思った。
どうしたいのか?
考えていなかった。
ただ、母の介護がいやで、受け入れられなくて、文句ばかり言っていた。
けど、私はどうしたいのか?
私は、幸せになりたかった。
自分の家族が欲しかったし、子どもも欲しかった。
アラフィフになって、もうその夢は敗れたと思う。
そして、自分の人生は終わったと思い、母の介護で終わるのかと沈んでいたのだった。
けれど、今どうしたいのか?と言われたら?
けど、それはやっぱり今だって「幸せになりたい!」なんだと思う。
かといって、もう結婚はしないだろう。
であれば・・・?
と、よく考えたら、母と仲良く暮らしていくのが今の私が一番幸せを感じられる近道なんじゃないかと思い当たった。
というわけで・・・
わかったよ、介護ね! 介護!! すればいいのね!!!
と思った瞬間、実は霧がさ〜っと晴れたように、視界がクリアになったのだった。
面倒臭いけど、母の困っていること、薬の多さやスマホの操作、うつ病の治療などを手伝うことにした。
こうなったら、介護認定してもらって会社を休んでやろうかとも思う。
もう私には「介護」がやってきたのだと覚悟した。
私には、母はずるい、という考えがあった。
つまり、母には私がいて私が介護するけど、私には子どもがないから、私の介護は誰にもしてもらえない。そんなの不公平じゃないか!と憤っていたのだった。
けれど、それもよく考えたら、たとえ子どもがいても一人でなんとかしなきゃいけないんだろうし。母はラッキーだな、とは思うし、母にはめられた感は残るものの、じゃあ、他にやることがあるかというと、子どももない私に、人生の課題はない。
なら、介護、やればいいんだ、と思うようになった。
また、カウンセリングというのは、結局、行動認知療法というものになるらしいのだが、これは、行動とそれに伴う自分の感情を書き留め、感じ方の癖などを把握して対処するというものらしい。
早速書き始めたところ、私の場合は、仕事のストレスが激しいようだった。
だったら、少し仕事をセーブするようにする方が良さそうだった。
私の辛さは実は母はあまり関係なくて、私も母にストレスをぶつけていたのかもしれない。
また、最近、この本に出会った。
これはアメリカの本なのだけど、独立心の強そうなアメリカ人でも、やっぱり親問題というのは同じなんだなあ、とどこかホッとするような気がした。
依存的な親や批判的な親・・・どこも同じなのだ。
そして、この本では具体的な事例とその対処法があって、あ〜!うちもそうそう!と頷きながら、こうすればいいのか!と納得できる内容になっており、とても助かった。
いつも母の要領を得ない話や批判的な話に、まともにやりあったりうんざりしていたけど、「寄り添う」ということを知って、自分も母もラクになってきたような気がする。
とはいえ、まだまだ色々あるとは思うけれど、たまにはカウンセリングなども上手に使って、なんとかやっていこうと思っている。
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